【特集】ヨーロッパ最大のスポーツウェアブランドadidas(アディダス)の誕生秘話と歴史

 

こんにちは!和歌山市の古着屋Lucido Bell(ルシードベル)です。

8月も佳境にさしかかり、時間帯によっては涼しくなって秋の気配がしてきました。当店ルシードベルはすでに秋冬アウターをご用意しておりますよ~!

 

さて、今回はおなじみブランド特集!ということで皆さんご存じ世界的スポーツウェアブランド“adidas(アディダス)”の紹介をさせて頂こうと思います。是非ご覧下さいませ!

 

 

adidas(アディダス)誕生のきっかけは兄弟げんか!?

喧嘩の様子

 

adidas(以下:アディダス)を設立したのは靴職人の息子として生を受けた“アドルフ・ダスラー”というドイツ人でした。

と、いっても最初からアディダスを設立したわけでなくアドルフの兄“ルドルフ・ダスラー”と手を組み、まずはダスラー兄弟商会という靴製造会社を1920年に設立。

体育館専用靴の・製造などスポーツシューズを中心に製造を続けていましたが、第二次世界大戦をきっかけに兄弟の間で意見の食い違いが起こり商会は設立から28年後の1948年に解消されることとなりました。

 

 

独立・adidas(アディダス)の誕生

 

独立したアドルフは、自身のニックネーム”アディ”とミドルネームの”ダスラー”を合わせた”アディダス”を設立

一方兄のルドルフは”ルーダ”を設立し、後に”PUMA(プーマ)”となるのでした。

 

そんなアディダスが躍進するきっかけとなったのが、1952年フィンランドで行われたヘルシンキオリンピックで、西ドイツの選手全員がアディダスのシューズを履いたことでした。これによりアディダスは多大なる人気と評価を得ることになります。

 

 

 

スポーツシューズの名作を生み出し続けたadidas(アディダス)

 

アディダスはオリンピックへの製品提供を積極的に行っていた為、多岐にわたって様々なスポーツシューズを生み出すことになります。

その中でも世界的に人気を博したのちにスタン・スミスと呼ばれる事になるテニスシューズの”ハイレット”やバスケットボールシューズの“スーパー・スター”クロスカントリー(未舗装の山道などで行われる徒競走など)シューズの“カントリー”を生み出すこととなりました。

 

 

 

ダスラー家のつきまとう確執

 

このようにアディダスは様々なスポーツに対応し歴史に沿ったビジネスを展開した結果、世界的なスポーツウェアメーカーにまで成長したのです。

しかし、ダスラー兄弟の確執は子孫までも巻き込む事となりファミリー同士で経営権を争い迷走する時期がありましたが、1993年にフランスの実業家ロベール・ルイ・ドレフュスが経営権を握ったことでスポーツウェア業界でのダスラー家の確執は終わりを告げました。

 

 

 

おまけ:基本的なadidasのロゴ

 

ここからは古着屋で見かけるadidasの主なロゴは2種類のご紹介♪

 

トレフォイルロゴ

 

トレフォイルロゴは月桂樹の葉っぱで作った冠(いわゆる月桂冠)をモチーフとした形のマーク。

1972年に登場し、特に人気のあるロゴで一度はなくなったものの2001年から復刻として再度使用されるようになっています。

パフォーマンスロゴ

 

パフォーマンスロゴはアディダスの象徴の3本線を山型にデザインした物。別名”スリーバー””エキップメント”

1991年に登場したロゴで特に品質の良い物に付けられるロゴでしたが、使用者達からの人気が上がり一般的に使用されるようになりました。

 

 

なお度々アディダスのロゴやウェアに取り入れられている3本線ですが、アディダスが商標登録しているために多く見られます。

3本線が入っている時点でアディダスの商標のものになるため、アパレルでは取り入れる3本線デザインの長さなどの制限が設けられるなど

されています。

 


 

 

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